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2/20 礼拝メッセージ「道迷う一人のために」

 ずっと18章を読んできて、小さな者をつまずかせるものが主題でしたが、この箇所は、神の国に帰る道を見失った小さな者のために労を惜しまない、いわば逆の立場の人々や働きについて主が語っている箇所です。

 

 羊は、ユダヤ人にとって大切な財産であるのと同時に弱い存在であり、世話の必要がある姿が人と神との関係を表す存在でした。「私たちはあなたの民、あなたに養われる羊の群れ(詩編79:13)」、「飼い主のいない羊(マタイ9:36)」と聖書の至る所で見ることができます。そんな羊100匹のうち1匹がはぐれてしまった、あなたならどうするかというイエス様の問いかけです。私たち現代人はすぐ数の多さとか優劣で考えがちです。もしその1匹を追っていくうちに他の99匹が獣に襲われたらどうするのか、そんなことを考えてしまうのです。しかし、もし大切な自分の子どもたちだとしたら、あなたは残り99人子どもがいるから、一人がいなくなっても仕方がないと、探しもせずにあきらめられるでしょうか。親であるなら、その一人を何としてでも探すのではないでしょうか。そして、見つかったら大喜びをするのではないでしょうか。「99匹か1匹か」の問題ではなく、「99匹も1匹も」大切であり、その時点では、「99匹以上に失いかけている1匹が大切」ということなのです。

 

 病気や、老い、仕事、学校、人間関係など不安になることがありますが、人生の中で迷い、希望や神様を見失った人間を、創り主であり私たちを愛してくださっている神様は何とかしてでも、探しだし、救いたいと「私は良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(ヨハネ10:11)と言われた主イエス様を遣わされたのです。私たちもまた、私たち自身がそうであったように、小さきものの救いを最後の最後まであきらめてはならないのです。