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2/5 礼拝メッセージ「イエスなんて知らない」

 ペトロは、一番弟子として主イエス様の身を案じ、大祭司の中庭まで入っていきました。それは大変勇気のいることだったでしょう。もしかしたら、あの剣を握りしめて、主イエス様を救出する機会をうかがっていたかもしれません。しかし大祭司の家の者に「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言われ「何のことを言っているのか、私にはわからない」と答えたのです。人々の追及は更に強まり、その度に、「そんな人は知らない」と誓って打ち消し、3度目には呪いの言葉さえ口にしながら「そんな人は知らない」と、主イエスの弟子であることだけでなく、知り合いですらないと否認したのです。その時、夜明けを告げる鶏が3度鳴きました。主がペトロにマタイ26:34で預言したとおりになったことをペトロははっと思い出し、彼は外に出て泣いたのです。激しく泣いたのです。

 

 「光の魔術師」と称されたレンブラントの、この場面を描いた『ペテロの否認』では、振り向いたペトロの顔が明るく描かれています。それによってペトロの正体が暴きだされています。そして、全体の暗闇はペトロの心であり、世界そのものの闇を表しているのです。そしてその暗闇の中にペトロを見つめる主がいます。

 

 しかし、私たちはペトロを糾弾することはできません。私たちもペトロと同じ弱さを持っているからです。しかし、ペトロが偉かったのは、それを隠さずに、人々に語ったことです。彼が語らなければ、福音書に記録されなかったのです。ペトロは、主を3度否認しました。しかし、主は復活された後、その3度の否認を打ち消すかのように、ペトロに3度「私を愛するか」と問われたと、ヨハネ福音書21章に記されています。

 

 ペトロは、自分の罪を包み隠さず告白しました。そして、主にそのように赦されたことも証ししました。主は、私たちを軽蔑の目ではなく、赦しのまなざしを注いでくださっています。今週1週間主のまなざしを感じながら生きましょう。