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9/24 礼拝メッセージ「召天者・創立記念礼拝 人生の実」

 渋沢教会は今年66周年を迎えました。ここまで私たちを導いて下さった神様に感謝し、渋沢の地に信仰の種をまこうとした先人たちの思いに心馳せたい。  

 

 イエス様は種をよくたとえのモチーフに用いられたのです。種は小さくても成長するための全ての仕組みが備わっている。そして芽を出すと誰に教えられたのでもなく、ちゃんと光の方に伸びて成長していく。NHKの朝ドラ「らんまん」は植物学者の牧野富太郎がモデルですが、彼は「雑草という草はない」という言葉を遺しています。美味しい実もつけず、ただ大きくなるだけのやっかいものの草花にも、ちゃんとした名前がある。聖書も、人も草木と同じで、時が巡りくれば実を結ぶ存在だと語ります。では人が結ぶ実とは何でしょうか?実は、もとは種を動物に運んでもらうために植物が編み出した知恵です。種のために実があるのです。では、私たちが結ぶ実の中心にある種とは何でしょうか?それは信仰です。

 

 神の国の種は蒔かれている、それは一見目に見えないものではあるけれど、人が知らないところで確実に成長して、誰もが目を見張るものとなる。これと同じように、私たち一人ひとりが小さくとも、誰にも認められるようなものでなくとも、信仰の種を大事に育てることが大切、そのようなものに神さまの国の門は開かれている。これが、イエス様のたとえに込めたメッセージなのです。

 

 何がどのように大きくなるか、どのような葉を出し、どのような花をつけ、どのような実を結ぶのか私たちはまだ分かりませんが、それでも主なる神さまが成長させてくださることを信じて、歩んでいきましょう。そして先に召された方々と喜びの再会を果たしたいと思うのです。