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8/25 礼拝メッセージ「詩編を味わう⑦ハレルヤ!」

 7・8月と詩編の学びを通してダビデの生涯に触れ、王という華やかな人生にも多くの試練と失敗があり、それでも神様の祝福を受けていたことを学びました。また、悪がはびこる不条理に対して、最終的に勝利される主に信頼し続けることも学びました。また、モーセの詩からは、モーセのリーダーとしての苦悩や信仰のバトンを渡す大切さを学びました。何より詩編が礼拝の中で多くの楽器に合わせて歌われたということを再発見できました。

 

 詩編113編はハレルヤという言葉で始まっています。ハレルヤはヘブライ語由来の言葉で、「主をほめたたえよ」を意味する言葉です。これは聖書の時代、神を賛美する礼拝のときに使われていました。エルサレムの神殿で、詩編を会衆が一緒に賛美するとき、祭司が会衆に呼びかけたことばだと言われています。またこの113編は「ハレルヤ詩編」と呼ばれている詩編の一つで、113編から118編が特に「エジプトのハレル」と呼ばれて、過ぎ越し祭の時の食事の最初と最後に歌われたと考えられます。ですから、新約聖書マタイ26章に記されているイエス様と弟子たちが歌ったという賛美はこの113編なのです。イエス様たちがどのようなメロディで歌ったのかは分かりませんが、イエス様の最後の晩餐に私たちも共にいるような気持ちになります。詩編の最後の5編もハレルヤで始まりハレルヤで終わっています。

 

 詩編は礼拝の中で多くの楽器に合わせて歌われました。歌であれば神は共におられるということ、恵みに感謝すること、神の愛を知り、神様に立ち帰るということが深く心に刻まれるのです。アメリカで長く奴隷とされた黒人が黒人霊歌を歌い耐えたことも、第1次世界大戦下でドイツとイギリスの兵隊たちがクリスマスに休戦できたのも、ベトナムの反戦運動にも、歌が人々の心を一つとしたのです。詩編は、神の偉大さとその慈しみ深い御業を賛美するものです。私たちも詩編にもっともっと親しみ、神の偉大さを称え、日々の生活の中で神の御名を賛美し続けましょう。ハレルヤ!