復活された主イエス様は40日の間、時々弟子たちの前に姿を現され、神の
国についてなお弟子たちに教えたのです。しかし弟子たちは、「主よ、イスラエ
ルのために国を立て直して下さるのは、この時ですか?」と、なお神の国につ
いて誤解していました。現実のイスラエルの国の再興を願っているのです。弟
子たちは復活された主イエス様を見て、神の国は、すぐにやってくると思った
に違いありません。これは、後に異邦人の使徒と呼ばれるパウロも、「主が来ら
れる日まで生き残る私たちが」とテサロニケの手紙の中で書いていますから、
弟子たち皆がそのような思いであったのです。
しかし、主イエス様の答えは、彼らが期待していたものとはまるで違ってい
ました。「父がご自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなた方の知
るところではない…また地の果てに至るまで、私の証人となる」と。弟子たち
が、イエス様の話をどこまで理解できたのかわかりません。イエス様は話し終
わると、天に昇られ、ついには見えなくなったのです。「イエスが離れ去って行
かれるとき、彼らは天を見つめていた」とありますが、彼らの心細さ、そして
悲しみが伝わってきます。しかし、彼らは二人の天使に「又おいでになる」と
言われて、安心したことでしょう。この後の14節には「心を合わせて、彼ら
は熱心に祈っていた」とあります。彼らの心は、約束された聖霊を受ける準備
が始まったのです。
私たちも弟子たちのように、この世界の現状を見て「主よ、この国をこの世
界を建て直して下さるのはいつですか?」と問いたくなるのです。ロシアとウ
クライナ、イスラエルとパレスチナなど世界各地で続く戦争や紛争、経済的な
緊張など不安の中におかれています。しかし、私たちにはすでに慰め手であり、
助け主なる聖霊が与えられています。そして、私たちは聖書を通して主と交わ
ることができます。私たちは聖書の中で、祈りの中で、主と出会い慰めを得て
いるのです。ですから、私たちは何も寂しがることなく、主と再び会うその日
を待つことができるのです。