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6/29 礼拝メッセージ「ダメ人間、神に愛されるってよ。」

 ガラテヤの信徒への手紙5章の小見出しには「キリスト者の自由」とあります。

神様は、私たちがイエス・キリストを信じる、その一点によって「義」と認め、

救ってくださる方です。人は自由に生きられるようになった…それがこの手紙

の中心メッセージです。ところが19節以下、「肉の業」として姦淫や偶像礼拝な

どが挙げられ、「このようなことを行う者は神の国を受け継ぐことはできません」

と続くと、私たちはこの「自由」に対して疑問が湧いてくるのではないでしょ

うか。実はこの箇所は、当時のローマ世界の異教的な宗教儀礼(神殿での性行

為や薬物儀式、どんちゃん騒ぎ)を背景にして語られています。つまりこの箇

所は、キリスト者のモラルを問題にしているのではなく、「キリストを信じる」

と言いながら別の神を拝んでしまうことへの警告なのです。 

 

 また「神の国」とは死後の天国だけでなく、今ここにも始まっている神のご

支配のことを指しています。苦しみや悲しみが残るこの世界も、やがて完成さ

れ、すべての痛みが拭われる希望がある…これが神の国です。 

22 節以下では「霊の結ぶ実」として愛、喜び、平和などが挙げられますが、

これは「努力して良い人になれ」という命令ではなく、霊の実とは、神様が私

たちの内に育ててくださるものです。めぐみ教会には信徒たちに愛されている

ぶどうの木がありますが、愛情をもって育てる人によって手入れをされて、初

めて美味しいぶどうを実らせます。ぶどうがどんなに気合いをいれても、美味

しい実をならすことはできないのです。ぶどうが手をかける人の愛によって育

つように、神様は私たちを手入れし、整え、少しずつ変えて下さるのです。 

だから私たちは「ダメな人間だから信じる資格がない」なんて思わなくてい

いのです。神様は、つらい現実を生きる私たちにイエス・キリストを与えてく

ださいました。この方を信じるなら、神の国の一員とされ、希望と癒しを受け

取って生きていける。神様は、あなたに今、生きていてほしい…幸せに生きて

ほしいと願っておられるのです。