使徒言行録10:34-48では、コルネリウスというローマ帝国の100人隊長のも
とにペトロらが伝道しに行ったところ、聖霊が降ったことが記されています。
洗礼を受ける前に、しかも異邦人に聖霊が降ったことをペトロらは驚いたわけ
ですが、聖霊の働きがいかに自由であるのか、このことからも分かります。「聖
霊の賜物」は1コリ12章に一覧が記されていますが、働きも預言や異言だけで
はなく、多様であること、またそれはキリストの体である教会のため、宣教の
ためであることが分かります。
パウロはさらに13章で何よりも大切なのは愛と語り、14章では、霊的な賜物
を求めることと、適切に秩序正しく行うことの大切さを語っています。賜物は
神様が与えてくれた贈り物です。小さな子どもは親からプレゼントをもらって
も、気に入らないと「こんなのいらない」と放り投げてしまうようなことがあ
りますが、すこし大きくなれば、どうしてこれをくれたんだろうと考えるよう
になります。それと同じように神様が与えてくれた賜物は、選ぶことはできま
せん。それを感謝して受け取ることが大事です。そして神様のために用いるこ
とが大切です。
最後に聖霊なる神は変化を促す力だということです。聖書全体を見て、聖霊
は様々な形で変化を起こさせるのです。神の息を入れられて、人は生きるもの
となり、また骨に神の霊が吹きかけられて人となりました。ペンテコステの出
来事も、現象の本質は、ただ神を待ち望む受け身の信仰から、外に語りだす伝
道する力が与えられたということです。ただ守り慰められるのではなく、この
神様のすばらしさを語りだすために、私たちに聖霊は与えられているのです。
復活のキリストは「聖霊を受けなさい。」と弟子たちに息を吹きかけられまし
た。(ヨハネ 20:22)私たちは、父なる神のいのちに造られ、子なるキリストの
十字架によって救われ、聖霊によって日々、生かされています。
そしてその聖霊は、神の息を今も私たちに吹きかけられているのです。
