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8/3 礼拝メッセージ「詩編に親しむ①悪に与せず」

 詩編1編は私たちに「あなたはどの道を歩んでいるのか?」と問います。1節、「歩

まず」「とどまらず」「座に着かない」と罪に染まっていく人間の流れが三段階で表

されています。日常生活でも、小さな妥協や誘惑があります。しかし、信仰者は

「そこに加わらない」勇気を持つ人です。それを神は「幸い」と呼んで下さいます。 

 

 この8月は原爆投下と第2次世界大戦の終戦があり私たち日本人にとって戦争につ

いて深く考える月ですが、1945 年以前、多くの人が「自分は間違っていない」と信

じていました。国家の正義、民族の誇り、自衛の論理…。しかし、結果として私た

ちは、大きな間違いを犯したのです。政治、軍事、経済、全ての仕組みの中に、私

たちは「悪しき者の計らい」に知らず知らずのうちに歩んでしまうことがあります。

先日行われた参議院選挙では、日本人ファーストをスローガンにかかげた政党が躍

進しました。現在日本を取りまく環境は、中国、ロシア、北朝鮮、さらには同盟国

のはずのアメリカまで脅威と映るような状態です。その中で日本人の生活を守って

もらいたいというのは偽らざる気持ちでしょう。でも、そのような自国第一主義が、

過激になり戦争の火種となることは、歴史が証明しています。「歩まず」「とどまら

ず」「座に着かない」というこの詩編の言葉は私たちへの警告です。 

 

 だからこそこの時代に、神の言葉を思い続ける者がいることは世界の希望です。

正しさの名のもとに、敵を裁くのではなく神の義の前に、自分を悔い改める者。「敵

をも愛せよ」と言われた主イエス様の言葉を、日々思い巡らす者。それが、この詩

編のいう「幸いな人」です。「悪しき者は風に吹き飛ばされるもみがらのようだ」と

ありました。外見では信仰者に見えても、内側に神の言葉が根ざしていなければ、

社会の風、感情の風に吹き飛ばされてしまいます。戦争の時代に、神の言葉を手放

した教会がありました。私たちは同じ轍を踏むわけにはいきません。「主に従う人の

道を主は知っていてくださる。悪しき者の道は滅びに至る。」この言葉は、慰めであ

ると同時に、警告でもあります。今もこの世界では、武力が正義だと信じる声が響

きます。しかし神は、「義に生きる者の道」をご存じです。イエス・キリストの十字

架の道、和解と赦しの道、それこそが、本当の幸いへの道なのです。日々の生活の

中で、小さな選択に忠実であること、主の言葉に根を張って生きるものでありたい。