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9/14 礼拝メッセージ「やり直そうよ」

 今、政治や社会のあちこちで「やりなおし」とか「出直し」が求められてい

ます。渋沢駅周辺もシャッターを閉めたお店が多くなり、だいぶさびれてしま

いました。渋沢教会も2027年に70周年を迎えますが、教会も同じ信仰継

承者不足は深刻です。神様に信頼するという信仰と共に、これまで通りとはい

かないという前提で、見直しが迫られています。そのためには、考え方を変え

なければならないのです。2000 年前、できたばかりのコリントの教会はパウロ

という偉大な教師が去った後、分裂の危機にさらされてしまうのです。 

 

 どうしても人には好き嫌いや性格の違いがあります。性格や考え方や視点な

ど同じような人同士の方が気が合うし話しやすいのです。今起きている社会の

分断という問題は、ある一定の人々の絆が強まりすぎて、他を排除することか

ら生まれます。パウロは約2年のコリントでの生活の中で、イエス様こそメシア

であると伝道しました。しかしたった2年ですから細かなことは教えられなかっ

たし、ユダヤ教の律法に関しては、彼は深く学んでいましたが、そこから自由

にされたと感じていたパウロにとっては、主イエス・キリストを信じる以外は

重要でなかったのです。そこにユダヤ教の教えや習慣を語る人や、弁舌さわや

かに福音を語る人などが現れて、生まれたての教会は、教会本来の愛に満ちた

場所ではなく、相手をののしり合うような教会になってしまったのです。 

 

 パウロは言います。「キリストは幾つにも分けられてしまったのですか」

(1:13)と。何より一致の鍵は、どのグループに属するかではありません。キ

リストの十字架です。彼が私たちすべてのために命を捧げられた。これが、共

に立つ土台です。詩編 133 編は歌います。「見よ、兄弟が共に座っている。なん

という恵み、なんという喜び」と。一致は、人間の努力ではなく、恵みです。

「許すのは無理だ」と思う時も、主の十字架が示します。「あなたも赦された、

だから赦し合える。」と。一致は奇跡ではなく、神が今も働かれる恵みのしるし

です。だから「もう一度やり直そうよ」と言えるのです。家族、友人、同僚と

の間でも一致の道は、神の恵みによって今日も開かれています。