使徒パウロはコリントの教会に対し、「わたしはあなたがたに乳を飲ませ、固い
食物は与えなかった」と語り、彼らの信仰がまだ成長途上であることを指摘しま
した。ここでの「乳飲み子」とは、信仰を言葉や生き方で十分に表せていない状
態を指します。しかしパウロは、ただ叱責したのではなく、乳飲み子を大切に育
てる母親のように、信仰の初歩を優しく見守り育てようとしたのです。信仰は
「神様、助けてください」「イエス様、ありがとう」という小さな祈りから始まり
ます。それは尊く、否定されるべきものではありません。ただし問題は、そこに
とどまり続けてしまうことです。コリントの人々は「私はパウロにつく」「私はア
ポロにつく」と言い争い、人を見て信仰を測り、互いを比べていました。信仰の
初歩とは、神様よりも人を見てしまう状態です。でも、そこから一歩ずつ成長し
ていくことが、神様の願いなのです。
成長とは、御言葉の深みに触れ、「自分のため」から「他者のため」へと生き方
が変えられることです。「敵を愛しなさい」「赦しなさい」というイエス様の教え
は、ミルクではなく「固い食物」です。これは簡単ではなく、祈りと忍耐をもっ
て噛みしめる必要があります。しかし、その過程で信仰は筋肉のように鍛えられ、
強く、優しく、深くなっていきます。そして、信仰を成長させてくださるのは神
様です。私たちの努力だけで育つのではなく、御言葉を受け、祈り、待ち望むと
き、神様が内側から成長させてくださるのです。
教会は「神様の畑」であり、そこに集う私たちは共に成長する家族です。信仰
歴の長さや理解度で上下が決まるのではありません。互いに祈り、支え合いなが
ら、神様の愛の中で育てられていきましょう。焦る必要はありません。神様は
「大丈夫、ゆっくりでいいよ」と語りかけ、私たちの成長を喜んでくださるお方
です。
