コリントの信徒への手紙Ⅰ 4:1~5は、私たちはキリストに属する者であり、
神様の秘められた計画の「管理者」であるという使徒パウロの思いが語られてい
ます。神様の秘められた計画とは、人と神様とが共に生き、平和(シャローム)
を実現することです。私たちが礼拝の終わりに「あなたに平和があるように」と
挨拶するその言葉には、神様との和解と人々の一致への祈りが込められています。
主イエス様は復活後、弟子たちに「シャローム」と語られました。私たちはその
平和を委ねられた者、すなわち神様の計画を担う者なのです。
しかし「管理者」と聞くと責任の重さを感じます。私たちは自分の時間や感情
さえ思うように管理できず、まして神様の救いの計画を担えるのかと不安になり
ます。けれども、私たちはキリストに属する者として、すでにその務めを委ねら
れています。ここでいう管理者とは、主人の家を預かる執事のような存在であり、
主の思いを代行し、忠実に仕える者のことです。主イエス様の語られたタラント
ンのたとえのように、神様は多くを求められるのではなく、「少しのことに忠実で
あるか」をご覧になります。
私たちは欠点だらけの管理者ですが、神様はそれを知りながらも用いてくださ
います。詩編 139 編にあるように、主は私たちの心を探り、思いを知っておられ
る方です。だからこそ、人の目を気にせず、真心をもって与えられた務めに忠実
に生きることが大切です。私たちは互いを裁くのではなく、神様の前で自らに与
えられた恵みと責任を感謝して歩めばよいのです。
小さなことにも真心を尽くし、祈りを必要とする人のために祈ることこそ、忠
実な管理者の務めです。その歩みの果てに、主なる神様から「よくやった」と声
をかけていただけるように、共に仕えてまいりましょう。
