アドベント(待降節)には通常、受胎告知や羊飼い、東方の学者たちの来訪など、「やって来る」という出来事に焦点を当てた説教が語られます。しかし今年は視点を変え、
イエス様の誕生を喜ばなかった人々に目を向けます。なぜ彼らは救い主の誕生を
喜べなかったのかを知ることは、私たちの姿とも重なり、光の背後にある闇を知
ることでクリスマスをより深く味わう助けとなります。
主のご降誕を喜べなかった人と言えば真っ先に、ヘロデ大王が思い浮かびます。
彼はユダヤ人ではなくエドム人で、前王朝を滅ぼしローマの後ろ盾を得て王位を
保っていました。多くの反対勢力に囲まれ、不安と恐れの中で権力維持に執着し
ていたヘロデのもとに、東方の学者が「ユダヤ人の王として生まれた方はどこに
いますか」と尋ねます。この言葉は彼の心を激しく乱しました。自らの地位を脅
かす存在を排除しようと、彼は祭司や学者を呼び出してメシア誕生の地を調べ、
占星術の学者に幼子を探させようとします。しかし彼らが帰国してしまうと、ヘ
ロデは残虐な命令を下し、2歳以下の子どもをすべて殺そうとしました。これは、
学者たちの来訪がイエス様誕生から時間が経った後であったことを示し、またヘ
ロデの恐怖と自己中心の深さを表しています。ヨセフ一家は神の導きでエジプト
へ避難し、ヘロデの死後ナザレに戻りました。
この物語が示すのは、ヘロデの姿が決して遠い存在ではなく、私たちの内側に
も同じ罪があるということです。ヘロデの残虐さは持たなくとも、私たちも自己
中心に支配されやすく、自分を守るために他者を顧みない弱さがあります。国家
間の争いにもその罪が現れています。だからこそ、人間は皆罪人であり、赦しと
救いが必要なのです。イエス様が赤子としてこの地に来られたことは、まさに神
様の命をかけたアドベンチャーであり、アドベント(到来)から英語のアドベン
チャー(冒険)が生まれたのもこの出来事に由来します。私たちはこの神様の救
いの冒険に心を開き、へりくだって御子の降誕と再臨を待ち望む者でありたいの
です。
