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2/22 礼拝メッセージ「食べていいのか、悪いのか」

 受難節(レント)に入りました。皆さんは、この食べ物はクリスチャンであるがゆえに食べない、食べられないといった信条をお持ちでしょうか。また、まだ、クリスチャンでない方は、クリスチャンはこれはきっと食べないだろうと思う食べ物がおありでしょうか。仏壇に供えてから食べる習慣があるように、宗教と食べ物は生活に深く結びついています。イスラム教は豚を避け、ヒンドゥ教は牛を食べません。ユダヤ教も申命記14章やレビ記11章で、猪や野兎、はげ鷲、うろこのない魚などを禁じています。もし旧約の教えを厳格に守れば、とんかつやえび天、うな重も食べられません。このような禁止規定は目に見え、日常で繰り返されるため、教え全体の象徴のように受け取られやすいのです。

 

 では、クリスチャンにはどのような食物規定があるのでしょうか。十戒は大切にしますが、旧約の食物規定は守っていません。一方で、「酒や煙草はだめ」と考える教派もあります。エフェソ5章18節に基づき、ピューリタンの流れをくむアメリカの教会による宣教の結果、禁酒禁煙が強調され、日本の多くの教会もその影響を受けてきました。しかし実際には、地域や立場によって受け止め方は様々です。健康面から禁酒禁煙は意義がありますが、それが救いの条件ではありません。にもかかわらず、飲まない人が飲む人を批判したり、その逆が起こったりします。

 

 コリントの教会でも、偶像に供えられた肉を巡って論争がありました。パウロは、食べ物自体は信仰の本質ではないとし、イエス様の「口に入るものは人を汚さない」との教えを踏まえ、基本的に自由を認めました。しかし同時に、兄弟姉妹のつまずきになるなら食べないとも語ります。

 

 私たちも原則として何を食べてもよいのです。ただし、それが誰かの信仰を傷つけるなら慎む愛が求められます。時と場所に応じ、何がイエス様の愛を最もよく伝えるかを考える柔らかな心こそ大切です。そのために、このレントの時、み言葉により深く向き合いたいものです。