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4/12 礼拝メッセージ「復活の証言 触れたトマス

 この聖書箇所は、復活を信じなかった弟子トマスと主イエス様のやり取りを

記したもので、四福音書の中でヨハネ福音書にのみ記されています。トマスは

他の福音書では名前が挙がる程度ですが、この箇所を通して私たちに大切な信

仰の姿を示しています。まず復活の出来事を振り返ると、マグダラのマリヤた

ちが復活の主に出会い弟子たちに知らせますが、彼らはすぐには信じませんで

した。その後、主は不安と恐れの中にあった弟子たちのただ中に現れ、「あなた

がたに平和があるように」と語られます。弟子たちは最初恐れましたが、主の

傷を見て復活を確信し、心に平和を得ました。 

 

 しかしその場にトマスはいませんでした。彼は悲しみの中で一人離れていた

のかもしれません。仲間から復活の主を見たと聞いても、「自分で見て触れなけ

れば信じない」と言います。この姿は疑い深いと見られがちですが、情報にあ

ふれる現代に生きる私たちにも通じるものがあります。実際には、他の弟子た

ちも同様に疑っており、トマスだけが特別だったわけではありません。ただ彼

は主に出会うのが遅かったのです。 

 

 8日後、主は再び現れ、トマスにご自分の傷に触れるよう促し、「信じない者

ではなく信じる者になりなさい」と語られます。トマスはその御前で「私の主、

私の神よ」と告白しました。彼が実際に触れたかは明記されていませんが、私

は主の傷に触れたことで、イエス様こそ神であると確信したと思うのです。 

 

 この出来事は私たちにも重要な意味を持ちます。主の傷は私たちの罪の贖い

であり、聖書を通して私たちは自らの罪と向き合います。その傷に触れるとは、

自分の罪を認め、主に差し出すことです。隠していては癒しはありません。主

は私たちの苦しみや痛みを受け止め、復活の力によって癒してくださいます。 

トマスは復活の主に出会い、その事実を伝える者となりました。伝承によれ

ば彼は遠くインドまで宣教したとされます。こうして復活の証しは二千年にわ

たり語り継がれ、日本にまで届きました。私たちもまた、主の赦しと平和を信

じ、その恵みを分かち合いながら歩む者とされているのです。