主イエス様の復活は、最初、弟子たちにとって到底信じられない出来事でし
たが、確かなお姿をもって弟子たちに現れました。ルカは使徒言行録で、主が
「40日にわたって」弟子たちに現れたと記し、パウロもコリントの信徒への
手紙Ⅰ15 章で、ケファ(ペトロ)や12弟子だけでなく、500人以上の人々
に現れたと証言しています。復活は一部の人だけの体験ではなく、多くの人に
示された確かな出来事だったのです。
そんな中、2人の弟子がエルサレムから約 11 キロ離れたエマオへ向かってい
ました。その道すがら、イエス様が復活し女性たちに現れたという話を論じ合
っていました。そこへイエス様ご自身が加わられ、「何を話しているのか」と尋
ねられます。しかし彼らは、その方がイエス様だとは気づきませんでした。
弟子たちは、イエス様を「力ある預言者」として期待していましたが、神の
子・救い主としては理解していませんでした。そこで主は、「物分かりが悪く、
心が鈍い者たち」と語り、モーセと預言者たちから始めて、聖書全体を通して、
ご自身の受難と復活が神様のご計画であったことを説き明かされました。そし
て食卓でパンを裂かれた時、彼らの目が開かれ、その方が主であると分かった
のです。しかしその瞬間、主の姿は見えなくなりました。
弟子たちは「道で話しておられる時、心が燃えていたではないか」と語り合
い、すぐにエルサレムへ引き返しました。冷え切っていた心が、主の御言葉に
よって再び希望に燃やされたのです。
この出来事は、現代を生きる私たちにも重なります。私たちも人生の壁にぶ
つかり、失望することがあります。その時、主は思いがけない形で近づき、「何
を悩んでいるのか」と問いかけてくださいます。祈りの中で心を打ち明ける時、
主の御言葉が私たちの心を燃やし、勇気を与えてくださるのです。
主はエマオの先へ進もうとされました。それは、今もなお信じきれず、落胆
している私たちのもとへ来てくださるためです。私たちも心燃やされ、復活の
主の証人として、大切な人々にこの喜びを伝えましょう。
