詩編3編の詩人は、どこまでも増えて行く苦しみに包囲されました。そして、
「彼に神の救いなどあるものか」と冷笑されたのでした。多分、1節の表題が語
るダビデ王の苦難もそういうものだったのです(詩の作者は、ダビデか?)。
もし苦しみに遭遇し、それが増し加わって行くようなことになったら、私ども
はどのように対処するのでしょうか……。詩人は、「主よ、それでも」(4節)の信
仰に立ちました。「主に向かって声をあげれば/聖なる山から答えてくださいます」
(5節)という信頼を忘れず、祈りの声をあげたのでした。その結果、イライラで
眠れないような苦しみや、的外れな対応の悪循環から守られ、やがて、心の湖は
静まり、隣人のために祈る愛を手繰り寄せることが出来ました(9節b)。
詩人は、「救いは主のもとにあります」(9節 a)と語りました。アーメン!そう
であればこそ、彼は大試練の中におかれながらもバーンアウト(燃え尽き)せず、
「主よ、それでも」の声を上げることができたのです。主なる神(ヤーウェ)ご自
身のそれでもの愛が働き、彼は大苦難から救われたのです。そして、それでもの
愛が溢れていたのが主イエスさまのご生涯でした。家畜小屋でのご降誕、贖罪の
十字架刑、死の力に勝利した復活、それらが皆、それでもの愛が働いた出来事で
した(ルカによる福音書5章1節以下の出来事は、イエスさまがペトロさんに「主
よ、それでも」の信仰に立つことを教えた出来事でした)。
神奈川県立保健福祉大学教授の吉田穂波さん著、『「つらいのに頼れない」が消
える本━受援力を身につける』は、辛い生活で燃え尽きてしまわないように、人
に頼ることをポジティブにとらえ、人に頼る能力、受援力を発揮しましょうと呼
びかけています。この本を信仰の詩人が読んだら、どんな感想を語るでしょう。
「著者自身の挫折体験から、人に頼る受援力の必要を語り、辛さに耐えている
人々に奉仕して来たその想いに共感しました。いろいろ参考になることもありま
した。それでも、私は一言呼びかけたい。神に頼ることを忘れないでください!」
……皆さん、聖書こそ、「つらいのに頼れない」が消える本なのです。
詩編3編には、セラというヘブライ語が3個所に見出されます。この詩が讃美
歌として愛用されたことの証拠です。詩編3編を愛読し、「主よ、それでも」の信
仰を生き抜きましょう。
